データ通信とは、
コンピュータ同士で情報をやり取りすること。また、そのサービス。→データ通信、コンピュータ・ネットワーク、インターネット、パソコン通信、移動体通信、無線アクセスなど
特に、メインフレーム間、あるいはメインフレームと端末間のやりとり、オンラインシステムでのデータのやり取りについて言う。
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1 歴史
2 技術
2.1 プロトコル
2.1.1 STR
2.1.2 BSC
3 関連項目
[編集] 歴史
1940年
当時データの通信は、紙テープを読ませ、受け取り側で穿孔することで行なわれていた。しかし、データを処理する機械(コンピュータではない)は紙のパンチカードを使って処理していた。そのため、紙テープ→カードへの変換が必要であったが、この作業を自動化する装置をIBMが開発した。
1954年5月
カードからカードに直接伝送が出来る装置(データ・トランシーバ)をIBMが開発した。
1958年
対空レーダ網と管制を結ぶアメリカ空軍のデータ処理システムSAGE(Semi-automatic Ground Environment)が完成した。
1964年
アメリカン航空会社の座席予約システム SABRE(Semi Automatic Business Research Environment)が稼働。
MITのCTSS(Compatible Time Shareing System)が開発される。
[編集] 技術
[編集] プロトコル
データ通信を行なうためには確実にデータをやり取りするための仕組みが必要である。これをプロトコルという。通信回線上でのデータのやり取りをすることを基本としている。
[編集] STR
STR(Synchronous Transmitter Receiver)は、1960年にIBMが作ったプロトコルである。初期のプロトコルであり、磁気テープのデータを送るのを始めとして、カード、紙テープなどのデータをやり取りするために使われた。同期データ通信として広く使われたプロトコルの最初の物である。
[編集] BSC
BSC(Binary Synchronous Communication)は、1対1だけではなく1対多の通信やバイナリデータを透過的に送ることが出来るプロトコルである。STRの後継としてIBMによって開発された。それと同時に ANSIでも規格化され、 ANSI X3.28として規格化されている。
携帯型ゲーム(けいたいがたゲーム)とは、
コンピュータゲームにおけるコンシューマーゲームのうち、携帯可能なサイズに小型化されたゲーム機及び専用ゲームソフト。またはその市場全般を指す分類。本項で説明する。
携帯可能なサイズの、コンピュータゲーム以外のゲームの道具、およびそれを用いた遊び。トランプ遊びや、携帯用サイズに縮小された将棋やオセロ等、かつてのエポック社「ミニゲーム」・トミー「ポケットメイト」等が該当する。
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携帯アフィリエイト、モバイルアフィリエイト
1 概要
2 特徴と傾向
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3 利用者について
4 発展の歴史
5 現行の主な機種
6 関連項目
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[編集] 概要
コンシューマーゲームの中の一分類のため、携帯電話を用いて遊ぶ携帯電話ゲームは含まれないことが多い。ソフト内蔵型のいわゆる電子ゲームは含むことと含まないことがある。
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携帯用途のためゲーム機本体が小型で持ち運びしやすい。自宅だけでなく外出先でも容易に利用できる。
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コンピュータゲームを考察する上で、テレビを使用した据え置き型のテレビゲームと対比させられることがある。
2007年以後、特に日本市場ではソフトウェア・ハードウェア共に携帯型が据え置き型を超えており、ゲーム機の主流となる可能性すら囁かれている。
データ復旧
[編集] 特徴と傾向
以下に、携帯ゲーム機に多く見られる特徴・傾向を列記する。
ゲーム機に表示装置が内蔵されている。もっぱら液晶ディスプレイが用いられる。
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コントローラがゲーム機本体に一体化している。
ゲーム機の電源は電池。初期は乾電池だったが、2000年代以降はリチウムイオン二次電池が主流となった。特に小型のものにはボタン型電池を採用したものもある。
ゲームソフトのメディアはROMカートリッジを用いるものが多い。(光ディスクドライブを採用しているプレイステーション・ポータブルは例外)ソフトがハードに内蔵されて取り替えられなかったり、データ転送で外部から読み込むなど、本体がメディアを兼ねるものもある。
ゲーム機本体およびソフトが、同時期に発売されたテレビゲーム機と比較すると安価なものが多い。
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消費電力の少ない電子部品を使用している。そのため同時期のテレビゲーム機等と比較すると性能は劣る。しかし近年、その差は以前よりは縮まっている。
ちょっとした時間に遊ぶことが多いため、ゲームのルールや操作方法がすぐに理解できるゲームソフトが比較的多い。
テレビゲームは家族と共同で所有しているケースも多いが、携帯型ゲームはゲーム機・ソフトともたいてい一人で専有している。
個人でのゲーム機本体やソフトウェアの専有意識があることから、通信機能を利用し通信対戦やキャラクターの交換などにより他者とのコミュニケーションをとることのできる機能を盛り込んだソフトも多い。
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[編集] 利用者について
利用者は、パソコンゲームやテレビゲームと携帯型ゲーム機とでは必ずしも一致しない。前者は男子学生や長年ゲームに親しんでいる熟練ユーザーにある程度偏っているが、後者は小学生や主婦、会社員なども含めた幅広いユーザーが存在する。
その利用局面も多岐に渡る。電源を入れれば、その瞬間に利用可能な機器も多い事から、他の用事の片手間に利用する向きもある。調理や洗濯といった自動化され断片的に時間の空く家事や、通勤、用便中や寝入り端等の注意力が散漫になっても差し障りの無い生理現象が起きている間、等、非常に幅広い。
このためメーカー側はその様な事情に配慮した物を発売する傾向が見られ、一回のプレイ時間が極めて短い物や、随時状態を保存(セーブ)して電源を切れる物、または常に電源は入りっぱなしで、操作が無い時は状態に変化が起こらない物などが好まれる傾向にある。
しかしその一方で、ゲームの状態によって随時操作を積極的に要求する内容の物も存在する。これらは「生き物を世話する」事を擬似的に体験させる物に多く、一回の操作自体は数秒程度で完結するものが大半である。その様な物では、随時ペットを持ち歩くような事に等しくなるため、これにまつわる事故が発生しやすいと言えよう。1990年代に異常なまでの流行を見せた『たまごっち』では、下は幼稚園児から上は社会人まで幅広い利用者が見られたが、これらゲーム機からの操作要求によって他の要件が度々中断される等の現象も招き、学校や企業内において携帯ゲーム機の禁止令が出されるなどの混乱を招いている。
利用者に積極的な使用を促さない受動的な内容の物と、積極的に使用する事を求める能動的な物とでは、その在り様の差から、利用者に一定の違いが見られる。また、一人で遊ぶ内容か、それともコミュニケーションツールとして利用できるかによっても利用者は異なる。
[編集] 発展の歴史
携帯型ゲームは、ハードウェアと密接に関係して発展してきた。
1976年にアメリカにおいてマテルが『Mattel Auto Race』を発売。これが世界初の携帯型電子ゲーム機とされる。同社が翌1977年に発売した『Mattel Football』はヒット商品となり、各社から様々な製品が登場した。その一部は日本にも輸入された他、日本国産のものも各種登場した。そして、1980年に発売された任天堂の「ゲーム&ウオッチ」シリーズは大ヒット商品となった。
当時の携帯型ゲームはゲームソフト自体が本体の内蔵部品に書き込まれているため、別のゲームソフトが必要になったときには、本体も含めて新しいものを購入しなければならなかった。また表示装置も登場人物などの形状の点滅箇所があらかじめ決められている程度の、今から見ればごく簡易的なものだった。 その後10年ほどは電子ゲームと呼ばれる、このようなタイプの携帯型ゲームが主流だった。
その流れは、1989年に任天堂が発売した「ゲームボーイ」によって大きく変わる。 当時普及していたテレビゲーム機ファミリーコンピュータと同様に、ゲームソフトを記憶したカートリッジを交換して使用でき、液晶も縦横に点を配列した方式のものを採用したことによりさまざまなゲームを遊ぶことを可能にした。現在の携帯型ゲームの原点である。 この機種は、安価な本体価格の設定と、熱中度の高いゲームソフト『テトリス』の効果で爆発的にヒットした。
同年には米Atariから「Atari Lynx」が、翌1990年にはセガから「ゲームギア」、NECホームエレクトロニクスから「PCエンジンGT」と携帯型ゲーム機が続々と発売された。いずれもカラー液晶画面を搭載し、性能でもゲームボーイに勝っていたが、本体価格の高さ、電池の持ちの悪さ、対応ソフトの不足や偏り等の要因により牙城を崩すに至らず姿を消していった。
[編集] 関連項目
データセンタ
データ処理
戦術データ・リンク